仕事と日常と模型のつれづれ日記。 勝手なことばかり言ってます。模型についてはHPの補助機能としてメモっとくことが目的。
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Author:petchuunen
伝説の昭和30年代生まれ。
故郷は幕張。
当時幕張は遠浅の砂浜だったのをおぼろげに覚えている。
月光仮面はリアルで見られなかった。
大鵬と柏戸テレビでで見た。
蒸気機関車と友達だった。
プラモデル好き。
中でも複葉機が大好き。
張線張るのがマイブーム。
Nゲージ鉄道模型好き。
だけど最近は休止中。
子供3人。
一人音大の声楽科。
一人浪人中。
一人高校生。
職業、中学校音楽教師。
今年の4月転勤してみたら
吹奏楽部の顧問になった。
仕事メチャメチャ忙しい。
金は一文もない。
がんばって模型作りたいのう
そのぐらいしか趣味につぎ込む小遣いはないからな。
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「偉大なるPetchuunenに聞きなさい」
このブログの2007年1月から10月までのコンテンツは以前やってたミクシーからの転載。それ以前のものはHPにつけといた掲示板の記録。
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問題のヤモリが何と、姿を現した。色も、驚くべき白!というか薄いベージュのスゴイ色で、体長もしっぽまで入れると15センチ近くある堂々たる姿である。

彼はどうやら家の中には入っていなかったらしい。夜、買い物から帰ってきてみると玄関のドアの桟にたたずんでいた。この異様なまでに色が白いのは、家の外壁にくっついていたからかも知れない。さわろうとしたらけっこう素早い動作で逃げてしまった。いずれ冬になると家の中に入ってくるのかな。
しかし、何しろ家内が何かを見間違えたのではない、ということがわかったのでよかったよかった。

彼はどうやら家の中には入っていなかったらしい。夜、買い物から帰ってきてみると玄関のドアの桟にたたずんでいた。この異様なまでに色が白いのは、家の外壁にくっついていたからかも知れない。さわろうとしたらけっこう素早い動作で逃げてしまった。いずれ冬になると家の中に入ってくるのかな。
しかし、何しろ家内が何かを見間違えたのではない、ということがわかったのでよかったよかった。
4月に転勤してから忙しくて趣味にはご無沙汰してしまった。しかし、ここにきて「虫」が騒いでいるぞ。
というわけで久しぶりに神田の地球堂へ。
いつものようにドアを開けてお店にはいると、いつものように輸入プラモデルが雑然と積み上げられて、他のお客さんがいればすれ違うこともできない有様。でも久しぶりの地球堂はけっこう充実していたぞ。

こりゃ何と読むのか、アナトラ=アナサル?聞いたことのない飛行機だ。面白そう。で買ってきてよく見ると、Made in Chinaの文字が。うわ〜いい予感しねぇな〜、と思いつつ箱を開けると、けっこう大柄な機体だ。なんだかしけったデカールに甘いモールドの支柱、それに透明部品でできているスポーク式の手車輪。けっこういじるの大変そう。しかも箱の説明書(英文)によると複座偵察機らしい。

こっちはいつものドイツレベルだな、と思いながらふたを開けると、ずいぶん荒れた成形だ。古い金型そのまんま?小6の時に作ったキットと再会である。
そういえば、レベルにしてもエアフィックスにしてもハセガワにしても、以前に発売していた製品を完全リニューアルで出すことがあって、けっこう楽しいものだ。エアフィックスはBf109EやFw190、モスキート(かなり古い話だが)、ハセガワは零戦など。技術の進歩やメーカーの考え方の変遷なんかがわかって(というかこっちが勝手に解釈してるだけだが)興味深い。しかし、ヨーロッパ系のメーカーはそれと同時並行で古い製品を売り続けることがあるのでけっこう混乱する。レベルのフォッカーDr.1は金型からリニューアルされているらしいので、そのうち買って作るつもりである。
一方、Nゲージ鉄道模型の世界でも、リメイクというか、以前の商品とはまったく別の新しい製品として売り出すこともはやっている。最近ではカトーの蒸気機関車C62が完全ファインスケールで新発売となった。今回の製品はちゃんと150分の1な上、運転席にはモーターがはみ出てなく、ボックス動輪の穴も抜けているということで、これはもう絶対に「買い!」であろう。オーバースケールが見慣れていたNゲージ蒸気機関車の世界もこれで今後は正常化する、ということか!?
老後の楽しみがまた一つ増えたのう。
というわけで久しぶりに神田の地球堂へ。
いつものようにドアを開けてお店にはいると、いつものように輸入プラモデルが雑然と積み上げられて、他のお客さんがいればすれ違うこともできない有様。でも久しぶりの地球堂はけっこう充実していたぞ。

こりゃ何と読むのか、アナトラ=アナサル?聞いたことのない飛行機だ。面白そう。で買ってきてよく見ると、Made in Chinaの文字が。うわ〜いい予感しねぇな〜、と思いつつ箱を開けると、けっこう大柄な機体だ。なんだかしけったデカールに甘いモールドの支柱、それに透明部品でできているスポーク式の手車輪。けっこういじるの大変そう。しかも箱の説明書(英文)によると複座偵察機らしい。

こっちはいつものドイツレベルだな、と思いながらふたを開けると、ずいぶん荒れた成形だ。古い金型そのまんま?小6の時に作ったキットと再会である。
そういえば、レベルにしてもエアフィックスにしてもハセガワにしても、以前に発売していた製品を完全リニューアルで出すことがあって、けっこう楽しいものだ。エアフィックスはBf109EやFw190、モスキート(かなり古い話だが)、ハセガワは零戦など。技術の進歩やメーカーの考え方の変遷なんかがわかって(というかこっちが勝手に解釈してるだけだが)興味深い。しかし、ヨーロッパ系のメーカーはそれと同時並行で古い製品を売り続けることがあるのでけっこう混乱する。レベルのフォッカーDr.1は金型からリニューアルされているらしいので、そのうち買って作るつもりである。
一方、Nゲージ鉄道模型の世界でも、リメイクというか、以前の商品とはまったく別の新しい製品として売り出すこともはやっている。最近ではカトーの蒸気機関車C62が完全ファインスケールで新発売となった。今回の製品はちゃんと150分の1な上、運転席にはモーターがはみ出てなく、ボックス動輪の穴も抜けているということで、これはもう絶対に「買い!」であろう。オーバースケールが見慣れていたNゲージ蒸気機関車の世界もこれで今後は正常化する、ということか!?
老後の楽しみがまた一つ増えたのう。
テーマ:模型・プラモデル・フィギュア製作日記 - ジャンル:趣味・実用
またまたヤモリの話である。といっても見たわけではない。今回はなんと、爬虫類大嫌い人間の家内が目撃したらしい。なんだかベージュ色の、体長15センチもあるトカゲ様の動物が玄関のはめ殺しのガラスの上を這っていった、というのだ。で、ちょうどその時ソファの上で居眠りこいていた私は、
「はぁ?
」
という反応しかできず、ノタノタ起き上がって玄関の方に行ったときにはすでに其奴は影も形もなかった。実際いたかどうかさえわからない。なんといっても家内だからね。幽霊の正体見たり枯れ尾花の可能性だってけっこう確率高いし。
とかなんとか、とんまな会話を交わすウチに、家内はネットでヤモリについて怒濤の検索をかけ、
「ヤモリが家にいると家に悪いことが起きないんだって」とか言い出した。いい傾向である。なんと言っても、ヤモリなんて、日頃は人目につかないよう控えめに暮らしているわけだし、クモとかいろんな不快害虫の駆除に力を発揮するわけだし、いいじゃないねぇ。何といってもロマンがあるし。ネットでも、「そのまま住ませたらいかがですか」なんていう発言もけっこう書き込まれているらしい。家内がどこ見てるのかは知らないが。
というわけで、我が家はまたもや「ヤモリの住む家」の栄に浴することになったのだ。嬉しいのう。
「はぁ?
」という反応しかできず、ノタノタ起き上がって玄関の方に行ったときにはすでに其奴は影も形もなかった。実際いたかどうかさえわからない。なんといっても家内だからね。幽霊の正体見たり枯れ尾花の可能性だってけっこう確率高いし。
とかなんとか、とんまな会話を交わすウチに、家内はネットでヤモリについて怒濤の検索をかけ、
「ヤモリが家にいると家に悪いことが起きないんだって」とか言い出した。いい傾向である。なんと言っても、ヤモリなんて、日頃は人目につかないよう控えめに暮らしているわけだし、クモとかいろんな不快害虫の駆除に力を発揮するわけだし、いいじゃないねぇ。何といってもロマンがあるし。ネットでも、「そのまま住ませたらいかがですか」なんていう発言もけっこう書き込まれているらしい。家内がどこ見てるのかは知らないが。
というわけで、我が家はまたもや「ヤモリの住む家」の栄に浴することになったのだ。嬉しいのう。
昨日(6月21日)、「吹奏楽ワークショップ2008」という催しが国立音大の主催で行われた。
ウチの部活も、研究発表会やら地域の小学校での演奏会やらのからみがあって、地元の技術講習会に参加し損ねたこともあり、この催しに申し込んでいたら、幸いにも「定員に達しましたので締め切りました」に引っかからず、参加が可能になったのであった。
参加が決まったとなると、今度は楽器の運搬やら、玉川上水までの部員の引率やら、厄介な手間がそれなりにあるのだが、ウチの部活はありがたいことに、「親の会」がいろいろ手を貸してくれるので、特に困ったトラブルも面倒もなく、無事行って帰ってこられた。顧問の方はまったくもってイベントの中身に集中できたのだから、希有の恵まれ方である(変な日本語?)。
さて、国立音大では初の試みというワークショップの中身は、「いい音を出そう」というテーマのもと、午前中は10時からグループレッスンで生徒がそれぞれ楽器の奏法なんかを見てもらい、午後は1時から生徒の中から選ばれたモデルバンドで基礎合奏の実際、3時半からは講師によりディレクターバンド演奏という、まあオーソドックスなもの。
だが、さすがというか、すごいのは講師演奏の指揮者がなんと、あのドナルドハンスバーガーだったのだ。曲目も、ホルストの第1組曲など、聴き応えのあるものであった。これがタダで(というのもさもしい言い方だが)聴けるだけでもすごいラッキーである。D.ハンスバーガーはイーストマンWEで長く音楽監督をしてきて、また、多くの編曲も手がけており、知ってる人にはよく知られた存在であろう。フェネルやリード亡き後に残ったアメリカのビッグネームの一人かも知れない。そういう私も高校の時に彼の編曲したショスタコービッチの「祝典序曲」を演奏したことがある。
そしてその演奏だが、ホルストの「ハンマースミス」というのは実に退屈な音楽で、途中で眠ってしまった。第一組曲の方はさすがにすばらしい演奏。いや〜堪能できた。
午後一番の「基礎合奏」。ウチの連中からも2人が選ばれてモデルバンドに加わった。2時間も基礎合奏なんてたまんねぇな〜〜、と思っていたが本当に大変だった。指導する方も、よく頑張る。内容そのものはバランス・スケール・ハーモニーで目新しいものはなかったが、こっちが忘れていた、声で合わせるやり方や息のスピードを合わせるやり方など重要なヒントが随所にちりばめられていてかなり有意義。(聴いてる生徒の方はグテ〜っとしちゃってるのも多いようだったが。)ウチの練習にしてみれば、私がいつも行ってることや言ってることをそのまんまやっていたから、うまく持って行けばこっちの株が上がるかも。ん〜〜〜ラッキーだったぜ。
かなりクォリティー高くないか、この企画?
さて、実は極めつけは午前中だったのだ。これまで経験したこの手の「講習会」では、指導者はあっちこっちのパートで生徒の様子を見て歩いたり、顧問同士で情報交換をしたり(要するに無駄話)で、時間つぶしが大変なのだ。実際私は読む本をカバンに忍ばせていた。ところが、なんだか「編曲料理法」とか、ワンポイント指揮法とかの講座があるのだ。なんだか面白そうではある。
で、指揮の方は実際にやらされたりするのもなんだかおっくうだし、今年のコンクールの曲は自分で編曲に手を加えたものだったこともあって、編曲の方に顔を出すことにした。だが、誰もいない。先生も受講生も。ハァ〜?と思いつつクラリネットのお部屋をちょっと見物して(楽器の組み立て方・リードの付け方について講師の先生が熱弁をふるっていた)また戻ってみると、今度は講師の淀彰先生がちゃんといらして(タバコを吸いにどこかに行っていたらしい)、いろいろ話もでき、コーヒーもごちそうしてもらい、私が書いて持参した楽譜の批評もしてもらい、ついでにフィナーレの使い方についていろいろ教えてもらい、約1時間。これってあり得ないほど濃い時間だったと思わない?クォリティー高いわ〜〜!!!すごいぜ、国立音大。
で、まだ時間があったので何となく校舎の中をふらふらしていると、ホルストの第1組曲をピアノで弾いている音がする。お?もしかして、ハンスバーガー先生が今日の曲目のおさらいでもしているのか?とのぞいてみると、上述の指揮法のレッスンをやっていたのだ。
「のぞいてみててもいいですか?」
と、年の功で身につけた図々しさを発揮して無遠慮に入っていくと、先生とアシスタントの学生二人に練習用ピアニスト一人の4人に、受講生(といってもバンド指導者だから大人だな)が一人、というあり得ない贅沢さ。
いや〜、、顔出してよかったわ〜〜!!いままで、「ひっかけ」というテクニックが(あるのは知ってたけど)どうやって使うかわからなかったのに、今度でわかったぞ!!その上、
「やってみませんか?」とさんざんふられまくって、いろいろやらされたあげく(それも練習ピアニストを使わせてもらって)、かなり有用なアドバイスをしてもらえて、こりゃ文字通り有り難い。
結局、指揮も編曲も俺だけで先生を独り占めじゃん。朝から見ていると、なんだか指導者というか引率教員の姿を見ない。生徒ばっかりが自転車とか、親の車で三々五々やってくるような状態で、指導者の数が少ないな〜と思っていたのだが、実際他の教員は何をやってたんだか。もったいないな〜!だいたい、50もすぎて、人からアドバイスをもらうなんて機会はそうそうあるもんじゃない。こんな得がたいチャンスをものにできたのは実にうれしいことである。
親の会で、引率してくれたお母さん方が二人いたが、1日中いて、いろいろ見られて、とても面白かったと言っていた。でも、どうなんだろうか。1日いっぱい見ていて、退屈じゃなかったろうか。第一、基礎合奏なんてそんなに面白いモンじゃないのに。本当に頭が下がる思いだ。
というわけで、朝6時40分に楽器の積み込みをやって出発し、最後の生徒が迎えの親の車に乗って学校を出た19時ちょうどまで、充実の1日がすぎていったのでありました。
ウチの部活も、研究発表会やら地域の小学校での演奏会やらのからみがあって、地元の技術講習会に参加し損ねたこともあり、この催しに申し込んでいたら、幸いにも「定員に達しましたので締め切りました」に引っかからず、参加が可能になったのであった。
参加が決まったとなると、今度は楽器の運搬やら、玉川上水までの部員の引率やら、厄介な手間がそれなりにあるのだが、ウチの部活はありがたいことに、「親の会」がいろいろ手を貸してくれるので、特に困ったトラブルも面倒もなく、無事行って帰ってこられた。顧問の方はまったくもってイベントの中身に集中できたのだから、希有の恵まれ方である(変な日本語?)。
さて、国立音大では初の試みというワークショップの中身は、「いい音を出そう」というテーマのもと、午前中は10時からグループレッスンで生徒がそれぞれ楽器の奏法なんかを見てもらい、午後は1時から生徒の中から選ばれたモデルバンドで基礎合奏の実際、3時半からは講師によりディレクターバンド演奏という、まあオーソドックスなもの。
だが、さすがというか、すごいのは講師演奏の指揮者がなんと、あのドナルドハンスバーガーだったのだ。曲目も、ホルストの第1組曲など、聴き応えのあるものであった。これがタダで(というのもさもしい言い方だが)聴けるだけでもすごいラッキーである。D.ハンスバーガーはイーストマンWEで長く音楽監督をしてきて、また、多くの編曲も手がけており、知ってる人にはよく知られた存在であろう。フェネルやリード亡き後に残ったアメリカのビッグネームの一人かも知れない。そういう私も高校の時に彼の編曲したショスタコービッチの「祝典序曲」を演奏したことがある。
そしてその演奏だが、ホルストの「ハンマースミス」というのは実に退屈な音楽で、途中で眠ってしまった。第一組曲の方はさすがにすばらしい演奏。いや〜堪能できた。
午後一番の「基礎合奏」。ウチの連中からも2人が選ばれてモデルバンドに加わった。2時間も基礎合奏なんてたまんねぇな〜〜、と思っていたが本当に大変だった。指導する方も、よく頑張る。内容そのものはバランス・スケール・ハーモニーで目新しいものはなかったが、こっちが忘れていた、声で合わせるやり方や息のスピードを合わせるやり方など重要なヒントが随所にちりばめられていてかなり有意義。(聴いてる生徒の方はグテ〜っとしちゃってるのも多いようだったが。)ウチの練習にしてみれば、私がいつも行ってることや言ってることをそのまんまやっていたから、うまく持って行けばこっちの株が上がるかも。ん〜〜〜ラッキーだったぜ。
かなりクォリティー高くないか、この企画?
さて、実は極めつけは午前中だったのだ。これまで経験したこの手の「講習会」では、指導者はあっちこっちのパートで生徒の様子を見て歩いたり、顧問同士で情報交換をしたり(要するに無駄話)で、時間つぶしが大変なのだ。実際私は読む本をカバンに忍ばせていた。ところが、なんだか「編曲料理法」とか、ワンポイント指揮法とかの講座があるのだ。なんだか面白そうではある。
で、指揮の方は実際にやらされたりするのもなんだかおっくうだし、今年のコンクールの曲は自分で編曲に手を加えたものだったこともあって、編曲の方に顔を出すことにした。だが、誰もいない。先生も受講生も。ハァ〜?と思いつつクラリネットのお部屋をちょっと見物して(楽器の組み立て方・リードの付け方について講師の先生が熱弁をふるっていた)また戻ってみると、今度は講師の淀彰先生がちゃんといらして(タバコを吸いにどこかに行っていたらしい)、いろいろ話もでき、コーヒーもごちそうしてもらい、私が書いて持参した楽譜の批評もしてもらい、ついでにフィナーレの使い方についていろいろ教えてもらい、約1時間。これってあり得ないほど濃い時間だったと思わない?クォリティー高いわ〜〜!!!すごいぜ、国立音大。
で、まだ時間があったので何となく校舎の中をふらふらしていると、ホルストの第1組曲をピアノで弾いている音がする。お?もしかして、ハンスバーガー先生が今日の曲目のおさらいでもしているのか?とのぞいてみると、上述の指揮法のレッスンをやっていたのだ。
「のぞいてみててもいいですか?」
と、年の功で身につけた図々しさを発揮して無遠慮に入っていくと、先生とアシスタントの学生二人に練習用ピアニスト一人の4人に、受講生(といってもバンド指導者だから大人だな)が一人、というあり得ない贅沢さ。
いや〜、、顔出してよかったわ〜〜!!いままで、「ひっかけ」というテクニックが(あるのは知ってたけど)どうやって使うかわからなかったのに、今度でわかったぞ!!その上、
「やってみませんか?」とさんざんふられまくって、いろいろやらされたあげく(それも練習ピアニストを使わせてもらって)、かなり有用なアドバイスをしてもらえて、こりゃ文字通り有り難い。
結局、指揮も編曲も俺だけで先生を独り占めじゃん。朝から見ていると、なんだか指導者というか引率教員の姿を見ない。生徒ばっかりが自転車とか、親の車で三々五々やってくるような状態で、指導者の数が少ないな〜と思っていたのだが、実際他の教員は何をやってたんだか。もったいないな〜!だいたい、50もすぎて、人からアドバイスをもらうなんて機会はそうそうあるもんじゃない。こんな得がたいチャンスをものにできたのは実にうれしいことである。
親の会で、引率してくれたお母さん方が二人いたが、1日中いて、いろいろ見られて、とても面白かったと言っていた。でも、どうなんだろうか。1日いっぱい見ていて、退屈じゃなかったろうか。第一、基礎合奏なんてそんなに面白いモンじゃないのに。本当に頭が下がる思いだ。
というわけで、朝6時40分に楽器の積み込みをやって出発し、最後の生徒が迎えの親の車に乗って学校を出た19時ちょうどまで、充実の1日がすぎていったのでありました。
ウチの学校の2年生は5クラス。つまりベートーベンの運命の授業は5回繰り返す、ということだ。しかも、歌唱活動とカップリングで行うから、この単元が終わるまで3時間かかる。週に1回だから3週間かかるということだ。3週間の間、あのベートーベン先生のしかめ面を彷彿とさせる「ジャ・ジャ・ジャ・ジャ〜〜〜〜ン!!」というおなじみの音響が3週間!しかも、あり得ないことに、3年生までも!!前任のクソ音楽教師が去年やってなかったのだ。で、この先のことも考えて、3年生(4クラス)にも運命を教えることにした。つまり、結局9クラスにほぼ同じ授業をすることになる。
もう、頭の中は「運命」である。ベートーベン先生が「運命はかく扉をたたく!」と語った、とシントラーが聞いたというが、シントラーがすげ〜嘘つきだったことを考えるとそれも怪しい、なんてこと考えつつもさすがに辟易としてきちゃいました。やれやれ。
もう、頭の中は「運命」である。ベートーベン先生が「運命はかく扉をたたく!」と語った、とシントラーが聞いたというが、シントラーがすげ〜嘘つきだったことを考えるとそれも怪しい、なんてこと考えつつもさすがに辟易としてきちゃいました。やれやれ。
ウチの犬は最近変な行動をとる。らしい。
というか、今日その現場を見てしまった。
時々、誰もいない、何もない部屋の一角をじっと見る。
やがて、その方向に向かって吠える。それも、なんだか意味ありげに。
ワン!というよりウフ!という感じの半分吠え、みたいな?
もしや、人には見えない何かに向かって吠えているのか?
もしそうだとすれば、この家にわざわいをもたらす何かを追い払ってほしいものだ。
だが、座敷童みたいな福をもたらす系だったとすれば?
間違って失礼なマネをするんじゃねぇぞ、養ってやってるんだから!!
というか、今日その現場を見てしまった。
時々、誰もいない、何もない部屋の一角をじっと見る。
やがて、その方向に向かって吠える。それも、なんだか意味ありげに。
ワン!というよりウフ!という感じの半分吠え、みたいな?
もしや、人には見えない何かに向かって吠えているのか?
もしそうだとすれば、この家にわざわいをもたらす何かを追い払ってほしいものだ。
だが、座敷童みたいな福をもたらす系だったとすれば?
間違って失礼なマネをするんじゃねぇぞ、養ってやってるんだから!!
ここんところ部活の指導ばっかりで、すっかりへたばってしまった。昨日は、地元の小学校に招かれて「演奏会」というものを催してきたのだが、肝心の指揮者である私は、前日から発熱してベッドでふるえていたのだからトンでもない。当日も起きてみたらなんだかすごく体が痛い。頭も痛いし肩も痛い。だるい!普通なら仕事は休みだな。だがそうもいかない。こっちが行かなければ大変なことになる。
で、やっとのことで学校にたどり着いて、鍵なんかを開けて練習したりしたが、もう悪寒がしてそれどころではない。倒れそうなのだ。演奏会で指揮してる途中で倒れたらどうなるんだろう、なんてちょっと脳裏をかすめる。(バカバカしい)
午後になってやっと少し元気が出て、といっても義務感で昂ぶってるだけかも知れないがとにかく無事に演奏が終了し、帰宅してご飯を食べたらもうとてもじゃないが持たない感じ。9時頃就寝。
だが、夜中が本当に大変だった。もうなんだかいてもたってもいられない感じで、寝返りばっかり打ちまくり、そのたんびに毛布とかいろいろ足にひっ絡まって力任せにひっくり返ったりする。そしてそのたんびに家内を蹴っ飛ばしたりするもんだから、家内は眠れなかったという。
こっちはこっちで、明け方に目覚めたときには昨日の比ではなく体中が痛い。激しい頭痛。肩も腰も、目の奥も、のども、鼻の穴の奥の方も、首筋も、ありとあらゆるところが激痛である。で、
「う゛〜〜〜」とか「ほへ〜〜」とかうなりながらさらに寝返りを打ちつつ耐える。
やっと朝になると、少し状況は改善し、今度は寝床にいるのがイヤになって、起床。だが、頭はボーッとするし、どうしようもない。2〜3時間パソコンをいじってるようないじってないような、ボンヤリした時間を過ごしていると、やっと調子が戻ってきたようだ。で、近くの生鮮市場みたいなところの朝市に行きたい、というので家内と出発。トマトだのキュウリだの買ってきた。
帰ってきてみると、ウチの雨樋になんだか蔓草が高いところまで絡んでいる。こりゃみっともない、というわけで除去作業を初めて見ると、なんと、サザンカの木に何百匹という毛虫が発生しているのを発見!!こりゃ一大事である。あせって物置を探すと、有効期限が去年の秋に切れている害虫駆除液を発見し、浴びせかける。(大丈夫なのか?)さらに、肝心の木の方がボサボサに伸びていて、手入れがなされてない感じなので、剪定も開始。そうするとさらに奥の方にも毛虫がうようよいて、もう目も当てられない。やっぱり手入れをサボってはいいことないのう。ここんところ庭の方は顧みる余裕がなかったからな。しかも、柿の木が実を落としまくっている。前回からさらに87個もの実(になるはずのもの)が落ちているのを確認し、またまたへこむ。
次はお昼ご飯を食べに行く。つい最近見つけたブラジル料理のお店がけっこうナイス。(体調悪いのに大丈夫なのか〜)でかいビーフステーキがついてそれ以外は全部バイキング形式食べ放題でたったの980円というご機嫌なお店である。長男と次男も連れて4人でいって、堪能して帰ってきた。やっぱり若い奴は好きなだけ食える、というのが魅力ではあるようだ。
午後は、イージーオーダーのお店に行って、ここにきて縮んじゃった服(前項参照)の買い換えをはかる。なんだか「県民共済」でやってるお店で、リーズナブルなお値段、それがまた近場にあるんだな、お誂え向きに。
で、生まれて初めての吊しじゃない服を注文し(それってけっこうすごいことだよね!)、なんだか金持ちになった気分で帰ってきた。
だが、とにかく体力を消耗しているのを感じる。明日学校に出勤できるでしょうか!心配だ。
で、やっとのことで学校にたどり着いて、鍵なんかを開けて練習したりしたが、もう悪寒がしてそれどころではない。倒れそうなのだ。演奏会で指揮してる途中で倒れたらどうなるんだろう、なんてちょっと脳裏をかすめる。(バカバカしい)
午後になってやっと少し元気が出て、といっても義務感で昂ぶってるだけかも知れないがとにかく無事に演奏が終了し、帰宅してご飯を食べたらもうとてもじゃないが持たない感じ。9時頃就寝。
だが、夜中が本当に大変だった。もうなんだかいてもたってもいられない感じで、寝返りばっかり打ちまくり、そのたんびに毛布とかいろいろ足にひっ絡まって力任せにひっくり返ったりする。そしてそのたんびに家内を蹴っ飛ばしたりするもんだから、家内は眠れなかったという。
こっちはこっちで、明け方に目覚めたときには昨日の比ではなく体中が痛い。激しい頭痛。肩も腰も、目の奥も、のども、鼻の穴の奥の方も、首筋も、ありとあらゆるところが激痛である。で、
「う゛〜〜〜」とか「ほへ〜〜」とかうなりながらさらに寝返りを打ちつつ耐える。
やっと朝になると、少し状況は改善し、今度は寝床にいるのがイヤになって、起床。だが、頭はボーッとするし、どうしようもない。2〜3時間パソコンをいじってるようないじってないような、ボンヤリした時間を過ごしていると、やっと調子が戻ってきたようだ。で、近くの生鮮市場みたいなところの朝市に行きたい、というので家内と出発。トマトだのキュウリだの買ってきた。
帰ってきてみると、ウチの雨樋になんだか蔓草が高いところまで絡んでいる。こりゃみっともない、というわけで除去作業を初めて見ると、なんと、サザンカの木に何百匹という毛虫が発生しているのを発見!!こりゃ一大事である。あせって物置を探すと、有効期限が去年の秋に切れている害虫駆除液を発見し、浴びせかける。(大丈夫なのか?)さらに、肝心の木の方がボサボサに伸びていて、手入れがなされてない感じなので、剪定も開始。そうするとさらに奥の方にも毛虫がうようよいて、もう目も当てられない。やっぱり手入れをサボってはいいことないのう。ここんところ庭の方は顧みる余裕がなかったからな。しかも、柿の木が実を落としまくっている。前回からさらに87個もの実(になるはずのもの)が落ちているのを確認し、またまたへこむ。
次はお昼ご飯を食べに行く。つい最近見つけたブラジル料理のお店がけっこうナイス。(体調悪いのに大丈夫なのか〜)でかいビーフステーキがついてそれ以外は全部バイキング形式食べ放題でたったの980円というご機嫌なお店である。長男と次男も連れて4人でいって、堪能して帰ってきた。やっぱり若い奴は好きなだけ食える、というのが魅力ではあるようだ。
午後は、イージーオーダーのお店に行って、ここにきて縮んじゃった服(前項参照)の買い換えをはかる。なんだか「県民共済」でやってるお店で、リーズナブルなお値段、それがまた近場にあるんだな、お誂え向きに。
で、生まれて初めての吊しじゃない服を注文し(それってけっこうすごいことだよね!)、なんだか金持ちになった気分で帰ってきた。
だが、とにかく体力を消耗しているのを感じる。明日学校に出勤できるでしょうか!心配だ。
この間の1日と昨日、つまり6日しかおかずにウチの部活は2度の本番があった。
1日、私は以前に買ってあったダークスーツ上下を着用して指揮台にあがった。
本番を見ていた家内が激怒して、帰ってくるなり、私の着ていたスーツを丸めてゴミ箱に放り込んだ。
7日、以前に買ってあった夏用の背広上下を着用して指揮台にあがった。
出かける前に私がそれを着ているのを見て家内が、
「裾が短〜〜〜いい!!他にないの〜〜〜!!もーやだ〜〜〜!!!」と叫んだ。
「足も!!!もしかしてアナタ、背が伸びた?50も過ぎて?!」
だって、ないよ。次から次に縮んじゃうもんね。でも、この服もなんだか屈むと背中のあたりが突っ張らかった感じになるし、みょうに腕が短い。やはり、布地が経年変化で縮んでしまったか。残念なことだ。
私は子供の頃から、ブッカブカの服が好きである。何しろ、子供のうちはどんどん体が大きくなるから、服が小さくなっちゃうのが悲しかったからね。そう簡単に服を買い換えるなんてことは、考えたくなかった。兄弟も大勢いたし。
さて、長じては、体は大きくなっていない。それをいいことに、一度買った服は後生大事に使うことにしているのに、肝心の服がどんどん縮んでしまう。演奏会で着用した服も、8〜9年前に買ったもののはずだが、栄枯盛衰は世の習い。もう何年も吹奏楽部の演奏なんかで指揮をすることなんかなかったのをいいことに、ズ〜っと放っておいたのがあだになったということかもしれない。結局、誰も認めたがらないのでここで声を大にして言っておくが、
服というものは、経年変化で縮んでしまうものなのだ。
1日、私は以前に買ってあったダークスーツ上下を着用して指揮台にあがった。
本番を見ていた家内が激怒して、帰ってくるなり、私の着ていたスーツを丸めてゴミ箱に放り込んだ。
7日、以前に買ってあった夏用の背広上下を着用して指揮台にあがった。
出かける前に私がそれを着ているのを見て家内が、
「裾が短〜〜〜いい!!他にないの〜〜〜!!もーやだ〜〜〜!!!」と叫んだ。
「足も!!!もしかしてアナタ、背が伸びた?50も過ぎて?!」
だって、ないよ。次から次に縮んじゃうもんね。でも、この服もなんだか屈むと背中のあたりが突っ張らかった感じになるし、みょうに腕が短い。やはり、布地が経年変化で縮んでしまったか。残念なことだ。
私は子供の頃から、ブッカブカの服が好きである。何しろ、子供のうちはどんどん体が大きくなるから、服が小さくなっちゃうのが悲しかったからね。そう簡単に服を買い換えるなんてことは、考えたくなかった。兄弟も大勢いたし。
さて、長じては、体は大きくなっていない。それをいいことに、一度買った服は後生大事に使うことにしているのに、肝心の服がどんどん縮んでしまう。演奏会で着用した服も、8〜9年前に買ったもののはずだが、栄枯盛衰は世の習い。もう何年も吹奏楽部の演奏なんかで指揮をすることなんかなかったのをいいことに、ズ〜っと放っておいたのがあだになったということかもしれない。結局、誰も認めたがらないのでここで声を大にして言っておくが、
服というものは、経年変化で縮んでしまうものなのだ。
私が大事にしている柿の木は今の家に引っ越してきて2年目だかに植えたのだが、一昨年から実をつけ始めた。最初の歳は4個。去年は6個。だが、花はけっこういっぱいつくのよ。で、一応木の実の赤ちゃんみたいなところまでは行く。、それなのにみんな途中で落ちてしまうのだ。その上、素人の無手勝流で枝をはらったりするものだから、肝腎の実のなる枝を落っことしてしまっていることもけっこう想像できる。さて、今年は?
なんだか今までになくすごい数の花が咲いたのだ。こりゃ〜すげぇ、全部実になったらとてもじゃないがウチだけじゃ食いきれないのう、と皮算用をしていたのに、なんとここ数日、自然落果が続いている。しかもすごい量。
一昨日の朝33個。昨日の朝35個。
今朝は雨が降っていて見られなかったが、もう見たくもないぜ!!
今年は何個生き残って実をつけるのだろうか。
なんだか今までになくすごい数の花が咲いたのだ。こりゃ〜すげぇ、全部実になったらとてもじゃないがウチだけじゃ食いきれないのう、と皮算用をしていたのに、なんとここ数日、自然落果が続いている。しかもすごい量。
一昨日の朝33個。昨日の朝35個。
今朝は雨が降っていて見られなかったが、もう見たくもないぜ!!
今年は何個生き残って実をつけるのだろうか。
後期高齢者って、ヨボヨボジジイのこと?お上がそういう分け方をするとは思わなかった。こんなん、75歳なんかで線引きをするってこと自体、これはもう品性の問題でしょ。
だいたい年とれば医療費が嵩むのは当たり前だ。そういう51歳の私だって、目は老眼だし、膝は痛くて階段のぼれなくなってきたし、腰が痛くて、簡単に生徒と一緒に掃除なんかできなくなってきたし、地域の道普請に出るのだってけっこう骨である。血圧高くて一月3000円ぐらい治療費と薬代にかかってるし、もちろん髪の毛は薄くなってきたし(それは医療費とは関係ないか)、イビキもひどくていずれは耳鼻科にかかるようであろう。歯だってそのうち弱ってくるはずだ。そんなの誰だって当たり前じゃないか。何をどんな風にしたって、そっちの方は優遇するべきなのに、それに逆行するというのはすごい話だ。神をも恐れぬ行為、と言ってもいい。
しかも、医療費が嵩むようになってきたのも政府が後押しをしてきたんじゃないのか。かつて高血圧の基準は160だったのが今では140になってるということだが、つまり政策的に「薬が売れるように」し向けてきたんじゃないか。あまり深いことを言うのはまずいとは思うが、(病気を抑え)長生きができるようになってきたことで年寄りが増えて来たと言うところもある。メタボだの死の四重奏だの、ってさんざん大騒ぎをして国民の不安をあおっといて医療費がかかるようにし向け、いざ医者にかかろうと思った頃には金はありませんってか?
高齢者医療は本人に経済的負担がいかないようにするべきだ。それが「美しい国」のあるべき姿でしょ。そのために新幹線の一つ高速道路の一つや二つあきらめたからって、どうってことあるの?少子高齢化なんて、何十年も前から予測されていたのに、その現実からはわざと目をそらして、破綻するに決まっている「右肩上がり神話」の維持に躍起となり、いりもしない道路だの空港だのを作り続けて借金まみれになって首が回らなくなったのは誰のせいなんだ?そっちの方に大ナタを振るう方が当たり前じゃないのか?道路(に限らず)を作るお金はありません、みたいな状態は「あり得ない」というのが前提で話することがそもそも間違いのはずなのに、誰も、全くそんなことは考えない。でも駄目なものは駄目なんだぜ。ないものはない。結局、政治家も官僚も、あまったれてる、ということに気づいてほしいよな。
だいたい年とれば医療費が嵩むのは当たり前だ。そういう51歳の私だって、目は老眼だし、膝は痛くて階段のぼれなくなってきたし、腰が痛くて、簡単に生徒と一緒に掃除なんかできなくなってきたし、地域の道普請に出るのだってけっこう骨である。血圧高くて一月3000円ぐらい治療費と薬代にかかってるし、もちろん髪の毛は薄くなってきたし(それは医療費とは関係ないか)、イビキもひどくていずれは耳鼻科にかかるようであろう。歯だってそのうち弱ってくるはずだ。そんなの誰だって当たり前じゃないか。何をどんな風にしたって、そっちの方は優遇するべきなのに、それに逆行するというのはすごい話だ。神をも恐れぬ行為、と言ってもいい。
しかも、医療費が嵩むようになってきたのも政府が後押しをしてきたんじゃないのか。かつて高血圧の基準は160だったのが今では140になってるということだが、つまり政策的に「薬が売れるように」し向けてきたんじゃないか。あまり深いことを言うのはまずいとは思うが、(病気を抑え)長生きができるようになってきたことで年寄りが増えて来たと言うところもある。メタボだの死の四重奏だの、ってさんざん大騒ぎをして国民の不安をあおっといて医療費がかかるようにし向け、いざ医者にかかろうと思った頃には金はありませんってか?
高齢者医療は本人に経済的負担がいかないようにするべきだ。それが「美しい国」のあるべき姿でしょ。そのために新幹線の一つ高速道路の一つや二つあきらめたからって、どうってことあるの?少子高齢化なんて、何十年も前から予測されていたのに、その現実からはわざと目をそらして、破綻するに決まっている「右肩上がり神話」の維持に躍起となり、いりもしない道路だの空港だのを作り続けて借金まみれになって首が回らなくなったのは誰のせいなんだ?そっちの方に大ナタを振るう方が当たり前じゃないのか?道路(に限らず)を作るお金はありません、みたいな状態は「あり得ない」というのが前提で話することがそもそも間違いのはずなのに、誰も、全くそんなことは考えない。でも駄目なものは駄目なんだぜ。ないものはない。結局、政治家も官僚も、あまったれてる、ということに気づいてほしいよな。



