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仕事と日常と模型のつれづれ日記。 勝手なことばかり言ってます。模型についてはHPの補助機能としてメモっとくことが目的。

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プロフィール

petchuunen

Author:petchuunen
Blog Modelers

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zero

伝説の昭和30年代生まれ。
故郷は幕張。
当時幕張は遠浅の砂浜だったのをおぼろげに覚えている。
月光仮面はリアルで見られなかった。
大鵬と柏戸テレビでで見た。
蒸気機関車と友達だった。
プラモデル好き。
中でも複葉機が大好き。
張線張るのがマイブーム。
Nゲージ鉄道模型好き。
だけど最近は休止中。
子供3人。3人とも独立画策中。
職業、中学校音楽教師。つまり学校が平和になるか荒廃してしまうかを司る神官をしているのだが、誰も、このワタシがそういう重要なポストにいる、とは気づいていない。
部活の中でもっとも大量かつ煩雑な仕事を要求される吹奏楽部の顧問。
問題山積。
仕事メチャメチャ忙しい。
金は一文もない。
がんばって模型作りたいのう
増えるばかりで減らないストック。最近の我が腹回りの一進一退の状況を彷彿とさせる。やっぱり意地でもストックは減らすべきであろう。

メインサイト
「Petchuunen世に憚る」
(再開に向けてついに始動。)

このブログの2007年1月から10月までのコンテンツは以前やってたミクシーからの転載。それ以前のものはHPにつけといた掲示板の記録。

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定期演奏会

 今年の「吹奏楽部定期演奏会」ほど恵まれない環境の演奏会はなかったかも知れない。当たり前だっつーの。

 ウチの場合。

本番が20日(日)13:30開演ということで進んでいた。

まず地震が11日(金)、当日は6時間目も打ち切りとなって強制的に下校。部活動も自動的に停止。

次の日12日(土)は生徒の安全面も考慮して様子見で部活を無しにした。一日中ヒマ。というかテレビつけっぱなしですさまじい地震と津波の映像、世の中の動きなんかをみていて、部活なしにしたのもあながち間違いではないように思えた。ジリジリしたけどね。

翌13日(日)1日練習。この時点で、1部から3部までの内容のうち2部(ソロ・アンサンブルステージ)を中止とする。

さて、14日(月)この日は卒業式の準備のため部活無し。

15日(火)も卒業式の本番で朝も放課後も部活無し。ところが、この辺から計画停電の話が持ち上がってきた。しかも、市内の給食が打ち切りとなり、弁当持参のため明日以降の朝練習は自動的に禁止となる。計画停電に関連して、最終下校は16時30分となり、吹奏楽部の「延長練習」も認可されない事態となった。これじゃ定演できないじゃん!保護者からも連絡が入り、取り敢えず定演のあとにいつも家庭科室でやっているいわゆる「打ち上げ」を中止することになった。

16日(水)追い打ちをかけるような凶報、何と1年1組がインフルエンザで金曜日まで学級閉鎖となる。このクラスには部員が5人もいるのだ。しかし、「閉鎖」を金曜日までにして土曜は練習に出る(だから全員で定演をやってくれ)、ということで…と校長から言われる。そのほかにも1年生でインフルで休んじゃった子が2人ほど。あとから知ったけどバスクラの2年生もインフルだったらしい。部員の間にも動揺が広がり、
「定演ができない…」
とほとんど半泣き状態に。卒業式を終えた3年生の部員も、いつものつもりで16時頃登校するが、もはや終了時刻が迫っていてあきれ顔。連絡するにも電話が通じないんだよ!
そこで、3年の部長と、1部2部というのはやめにして全部通しで演奏することにしちゃおう。という話になる。こんな時だもの、しょうがないでしょ?

17日(木)3年生はもう定期演奏会はあきらめてしまった。代わりに、保護者だけ呼んで謝恩会みたいな形にしよう、という動きが出始めた。だが、それじゃ3年生が可哀想すぎる。3年生は今年度いろいろ報われなさ過ぎた。この上定演無しかよ、それだけは避けたい。校長も
「何が何でも20日に開催しましょう!うまくいかなくてもその辺は私が挨拶の中で触れますから!」
曲目を極力減らしてできる曲だけで何とかするしかない。それも、現時点である程度練習が進んでいる曲だけだ。一番痛いのは、23年度のコンクール課題曲と自由曲候補がかけられないことだ。これは来年度コンクールの痛恨のダメージとなるかも知れない。さらに、計画停電が予定取り行われた場合、定演当日にウチの学校は15時20分から電気が落ちてしまう。そうなると18時過ぎまでセコムのセットができなくなり、職員がそれまで帰れなくなるんだけど、何とかならない?と教頭から脅しがかかる。別に脅してるワケじゃないけどね。とにかくスピーディーに片付けて15時までに校舎から追い出して、ミーティングは校舎の外でやるか、と覚悟を固める。どこまでついてないんだ。

そして18日(金)、さらに痛恨の一撃、1年生の残ったクラス、2組と3組が猛烈にインフルエンザの欠席者が増えてしまい、2時間目で授業打ち切り~下校、となってしまった。結局、卒業式で一堂に会したことが蔓延の原因になってしまったのだろう、と観測されるが、今更何を言ったって仕方がない。だが、この学校のすばらしいところは、それでも吹奏楽部の定演のために動いてくれるところだ。まったく頭が下がる。何と、この2クラスは「学級閉鎖」ではなく「様子を見るため」の帰宅、という形を取ったのである。つまり、校長からの「出席停止命令」が出ているわけではない、というギリギリの選択をしてくれたのだ。とにかく少ない人数でも練習はしないとどうにもならない。最終的な演奏曲目を決めるため、午後の練習は1年生全員抜きでひたすら合奏をやって、できそうな曲を探していく。去年の春にやった曲なんかまで引っ張り出して、「星条旗よ永遠なれ」とかを加えることにする。アンコールはどうする?
「センセー、プログラムはどうするんですか。」
なんて生徒が聞いてくる。
「明日決めるから、練習終わってから書いて、当日の朝印刷するしかないだろ!」
生徒、殊勝にうなずく。ゆるせ!何ともしようがないのは誰でも一緒なのだよ。しかもなお悪いことに、2年生の部長がインフルで倒れてしまったのだ。仲のいい部員が、
「本人は当日は這ってでも来るそうです!」
なんて言っている。ホントに来るかはともかく、その心意気がありがたいではないか!だが、ヤツがいなければ物事が進まない。何をやるにしても相談相手がいない、というのはまさに困った事態である。
それでもやることはやる。日本中がこんな事態に陥ってるのにやらないでどうする!これから必要になるのは元気の素だ!それは若い力から発生する。そして、音楽やスポーツなどのパフォーマンスから心が明るくなるのだ!俺たちは日本を明るくするための鍵を握っている活動をするのだ!とにかく客を呼んでこい!親類縁者、クラスの友達、塾の友達、妹や弟の友達とかの小学生だ!今からでも遅くない!と、生徒に檄を飛ばして解散。

そして前日19日(土)、この日は1日練習だが、インフルなどで5人ほど欠けている。部長は…出てきている!大丈夫なのか?
「インフルじゃありませんでした。」
なんて言ってる。ホントかよ!
ともかく、昨日の続きの合奏をやって、やる曲をピックアップする。こりゃダメだ、というのも一つぐらいあったような。
午後からは体育館の設営だ。まず観客席を作る。俺が、
「横10×10列を左右に二つだ!200あれば何とかなるだろ!」
生徒、
「え~そんなにたくさん来るんですか~?」
俺、
「何言ってんだ!部員が35人いて、その両親が来ただけでも70人だぞ!その上友達とか呼ぶんだろ?」
3年の生徒、
「え~保護者だけじゃないんですか~。ホントに定演やるんですか~。」
俺、
黙れ~!!やるっちゅったらやるんだ~~~!!!」
ほとんど独裁者じゃん。
 さて、設営が終わって2時半。部長はついにダウンとなり、早退。やっぱり無理だったのね。しかし、ポップス系のドラムスはほとんど彼女が担当しているので、これでは練習にならない。でも練習するしかない。特にやばいのが「ジャパニーズグラフィティー嵐Beautiful days」というハードな曲。全然知らない曲ばっかりのメドレーで、途中でテンポの変化があるし、おとといの段階で何度やっても指揮とドラムが合わないせいで途中で止まっちゃうという俺(みたいな爺さん)にとっては鬼門の曲だ。もう運を天にまかせるしかない。とにかく、
「今回の定演は、来てもらったヒトに元気になってもらう、というのが基本テーマだからな!今や、そういうことになったから!そのつもりで明日は演奏してくれ!」
と、とってつけたようなことを言って解散。副部長の親が心配して練習の様子を見に来ていた。この日は計画停電は中止になっていたが、当日も中止になるでショ、という観測を語ってくれて、少しほっとした。実際中止になった。これで、あとの時間を気にする必要がなくなる。助かったわ~。

ついに当日20日(日)となった。前日に休んだ生徒には夜連絡をしたのだが、ともかくもみんな出てきた。一番やばいと思ってたヤツもいて、心配そのもの。午前中のアップの時には保健室で寝てた。何でそんな無理するんだヨ~。けなげではあるが、明日からどうなるのか考えると心配すぎる。だが、こっちも仕事に忙殺される。まずプログラム。昨日最終決定した曲目を並べて、解説を打ち込んで、印刷する。司会原稿の添削をして、最終チェック。もう一人の顧問の先生(前日は熱出して寝ていたそうな)に頼んで、会場の飾り付けをしてもらう。10時半からは司会合わせと曲の最終練習。いわゆるゲネプロだが、ゲネプロとはとても言えない完成度の低さ。でも仕方がないね。とにかく司会合わせは取り敢えずできたので、いろいろな問題点の修正も行った。練習終了時点で12時。何と、もうお客さんが入り始めたではないか!家内とかが来ていて、
「サッサとお昼食べて着替えて詰めていた方がいいよ!」
と言ってくれる。こりゃ忙しい。で、今日は3Pの黒礼服のチョッキを着ないでカマーベルト・蝶ネク、と思っていたのだが、朝間違えてタキシード持ってきちゃったので、そういう出で立ちである。職員室で着替えてお弁当を食べて、なんやかんやしているウチに13時、開場時間だ。体育館の入り口付近に「生徒会室」があって、そこが今日の控え室になっているのだが、行ってみると部員はなんだかのんびりムード。中には記念写真撮ってるヤツまでいる。で、チューニングをすると、たちまち時間がたって、13時30分、開演時間となってしまう。一人、トランペットで全然音が出ないヤツがいる。昨日欠席した1年生だ。話を聞いてみるとかなり体調も悪いみたい。大丈夫か、泣いちゃってるけど?
「とにかく堂々といけ!」
と肩を押すが"元気と明るさを届ける"というテーマというのに肝心の部員の方が元気がないのが多い、というのでは困ったな~。そういう俺も実のところ昨日ぐらいから悪寒がするのだ。
 だが、なんやかんや言ってもついに開演である。いや~いろいろあったな~。
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テーマ:吹奏楽 - ジャンル:音楽

【 2011/03/20 23:35 】

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