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仕事と日常と模型のつれづれ日記。 勝手なことばかり言ってます。模型についてはHPの補助機能としてメモっとくことが目的。

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プロフィール

petchuunen

Author:petchuunen
Blog Modelers

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zero

伝説の昭和30年代生まれ。
故郷は幕張。
当時幕張は遠浅の砂浜だったのをおぼろげに覚えている。
月光仮面はリアルで見られなかった。
大鵬と柏戸テレビでで見た。
蒸気機関車と友達だった。
プラモデル好き。
中でも複葉機が大好き。
張線張るのがマイブーム。
Nゲージ鉄道模型好き。
だけど最近は休止中。
子供3人。3人とも独立画策中。
職業、中学校音楽教師。つまり学校が平和になるか荒廃してしまうかを司る神官をしているのだが、誰も、このワタシがそういう重要なポストにいる、とは気づいていない。
部活の中でもっとも大量かつ煩雑な仕事を要求される吹奏楽部の顧問。
問題山積。
仕事メチャメチャ忙しい。
金は一文もない。
がんばって模型作りたいのう
増えるばかりで減らないストック。最近の我が腹回りの一進一退の状況を彷彿とさせる。やっぱり意地でもストックは減らすべきであろう。

メインサイト
「Petchuunen世に憚る」
(再開に向けてついに始動。)

このブログの2007年1月から10月までのコンテンツは以前やってたミクシーからの転載。それ以前のものはHPにつけといた掲示板の記録。

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地震・避難

 この揺れはこれまで経験したことがなかった。5時間目の2年生の授業。この時期卒業式の練習で歌ばっかりやってるので、音楽の授業では目先を変えて、関係ない歌とか鑑賞なんかをやるようにしている。ま、多少ぬるい時間の中で、何年か前の合唱コンクール(全国大会)のDVDを見ていたところ、突如として、というよりも何となく揺れ始めた。最初に気づいたのは俺だったかな。
「あ、地震だ。」
ややあって生徒、
「あ、ゆれてる。」
「ホントだ~。」
のんきなムードである。横揺れだしね、予震は長かったから震源も遠いでしょ、と多寡をくくっていた。だが、なかなか収まらない。音楽室は4階だから一番大きく揺れるのだ。もしかしてこれ以上続く?と不安になった頃になって、まさに本震がおそってきた。新鋭の50インチモニターがガクガク揺れている。普通なら机の下に潜るのだが、音楽室にはそういうものはない。ふと見ると生徒はみんな床に座り込んでしまっている。となると、天井からものが落ちてくるのが一番まずい、と思って、
「蛍光灯の下にいるんじゃない!」
と叫ぶ。揺れはいよいよ激しく荒々しく揺さぶられる。我に返ってみると俺はピアノにしがみついていたが、部屋の真ん中はやばい、と思って壁ぎわに移動する。校内放送で机の下に潜れ、なんて言ってる。体育の若い臨採が
「大丈夫かっ!」
と様子を見に来る。身軽な動きがうれしい。頼もしいことだ。揺れはいよいよ激しい。ところが、見ると生徒はまったくそのまま動かない。コイツらなめてんのか。
「電気の下にいるんじゃねぇよ言ってんじゃねえか!!」
と怒声を発するが、動きはまったくはかばかしくない。これだけ大きな地震にもかかわらずこの揺れ方からいって震源地はかなり遠いはず。ということは震源地はどういうことになっているのか、相当とんでもない地震ではないだろうか、なんて想像する。
 やがて揺れも収まる。校内放送で、
「念のため、避難してください。サッカーゴールのところに集合しなさい。」
と指示が出る。ここは教師としてリーダーシップを発揮しなければ、と妙な使命感に駆られて
「お~い!学級委員が前と後ろだぞ~」
みたいなトンマな指示を出す。男連中はサッサと移動してしまうが、女子の方はかなりグズグズしてる。泣いてるのもいっぱいいて、動けないようだ。よっぽど怖かったのか。それをとにかく追い立てて外に出る。余震もあるだろうし、気が気じゃないからね。生徒の動きを見ているとなんだか避難訓練のノリであるが、実際に訓練通りに避難するなんて滅多にあることじゃないよな~、なんて思う。
 外に出ると、もうほとんど避難は完了しているが、生徒たちは何か珍しいことが起きた時のお祭り気分で、教師の指示にもなかなか静まらない。教頭先生が腹を立てて、激しく怒鳴ってやっとのことで静かになる。横を見ると、いつもはモーター音を唸らせて疾駆していく私鉄電車が音もなくゆっくりと通過していく。校長が、
「訓練じゃなくて本当に避難をしたのは、校長先生は33年やってきて初めてのことです。」
なんて話を生徒にして、とにかく今日の6時間目は中止になり、生徒はすぐに帰すことになった。余震を警戒してしばらく校庭に待機し、その後教室に入るが、そのとたんかなり大きな余震がおそってきた。なんというバッドタイミング!校舎じゅうのガラス窓がガタガタ不気味な音を立てている。その後すぐに放課となり、教師は通学路のあっちこっちに散って下校指導をする。隣の小学校も授業が切り上げになったらしく、小学生と中学生が合わさって通学路は一時的にごった返している。その上、妙に自動車がいっぱい走っていて、俺が立っていた県道との交差点はとんだ混雑になってしまった。まあ、それも生徒があらかた通過してしまえば落ち着いて、その後校舎のチェックをして、特に被害がないことも確認されたところで15:45。校長室のテレビを見ると津波で自動車が木の葉のように翻弄されている場面が繰り返し放送されている。仙台の家内の実家を思うと気が気じゃないが、ケータイは全然つながらない。学校の電話は何かあるかも知れないし使うわけにいかんだろ。やきもきしつつもやることはなく、勤務時間終了と同時に帰宅しました。
 途中の道路はすごい渋滞。電車が止まっちゃってて、踏切が開かないようだ。それでもこっちはバイクだから身軽である。渋滞する自動車の脇を通り過ぎて、無事帰宅した。

 自宅は、二階の寝室が大変な状態になっていた。落ちそうなものがみんな落ちていた。片付けた。
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テーマ:地震報告!!! - ジャンル:日記

【 2011/03/11 22:55 】

どっちかというと業務日記  | コメント(0)  | トラックバック(0)  |
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